総帥の靴箱

このコーナーでは、総帥の持つバッシュ達を紹介していきます。
ハンサム団はもともと、総帥がAir Jordanを履きたい!と考えて作られたチームでもあったのです。
結果として数が集まっているものの、総帥のポリシーは「(体育館用に作られた)バッシュは(体育館で)履いてナンボや」というモノです。なので観賞用は一つもありません。ガシガシ(飽きるまで)履きます。
ただ、体育館以外でAir Jordanが履かれているのを見ると睨んだりしています。
購入日、価格などはなにぶん昔の事もあり、うろ覚えばかりなのはご容赦下さい。

Air Jordan 7

ハンサム団創設のきっかけとなったAir Jordan 7です。
総帥が1992年バルセロナオリンピックを見て、ドリームチームに感動してハンサム団を作ろうと思い立ったというのはもはや有名な逸話ですが、それから早速購入したのがAir Jordan 7でした。
さて、それまでバッシュというモノを全く履いた事が無かったので、これが私のスタンダードとなりました。

まあ、その頃にはスニーカーを全く持っていないのでソフトボール大会にも駆り出され、屋外でも何度か履いています。今の自分が見たら殴っています。
さて、その後、AJ9やら10やらも履きましたが、お気に入りはいつも7でした。
しかし初代はゲーム中にカカトが吹き飛んでその生命を終わらせてしまいました。1998年頃だったかな?

二代目は黒。
そして、2002年にレトロが出る!という事で、以前買わなかった黒を押さえました。
しかし、最新型(Shox)に慣れていた足には疲れる靴としての印象しか分かりませんでした。私の足には、疲れると言われていたShoxは結構フィットしていたんです。で、しばらくすると、AJ7オリンピックが売っていたので即購入。なので、AJ7黒はほとんど履かれる事が無い靴の一つです。
AJ7オリンピックと言えば、ずうっと昔、94年頃、神戸の今は無きキャナルシティのジーンズショップでAJ7オリンピックのオリジナルが28,000円で売ってました。それを買う気も無く店員に「やっすいっすねー!」と言って(その頃の相場は35,000円でした)1週後、同じ店に来ると、35,000円に値上がりした事を思い出します。その数年後のナイキバブル期のミントなら10〜20万だったのに、儲け損なった気がしました。

インプレッション

初めて履いた靴なので、基本がコレなのでその頃は感想も何も無かったです。デザイン上つま先あたりがスッキリしている所は大好きです。眺める度にニヤニヤします。
その後、Air Reid2を履いて初めて比較対象ができました。
そして、AJ7は接地感が凄い!というか足指辺りの靴底が薄い!という感触があったのを覚えています。ハラチシステムは好きでした。1足なのに内側にもう1足付いてきてオトク!だし、分かりやすく「足が護られている」という感じがありました。
AJ7のオリンピックの配色はAJ史上でもトップクラスのカッコよさです。ブルーだけでなくシルバーの配色も素晴らしい。(2006.3.11記)

購入日

【1足目(白)】
1993年 1月頃
多分、神戸スポーツワールド33か?買ったあとで地球屋に他のカラーバリエーションがあるのを見てショックだった記憶が。

【2足目(黒)】
2002年12月
移転前の心斎橋NIKE Store。

【3足目(オリンピック)】
2004年7月
三宮のマルトにて。
購入時テンパっていたので、サイズ選択を間違えた事を未だに悔やんでいる。

価格

【1足目】21,000円
このころ、AJはだいたい21,000円だった。

【2足目】18,000円?15,000円?
2万円はしなかったような。

【3足目】22,000円
まあ、2万円台なら即買いでしょう。未だに売っているのはご愛嬌。



















エアジョーダン7

この完成されたフォルムに綺麗なつま先。タンのブルーが素敵すぎる。
Photo : 総帥/Handsomedan Images

AirJordan 7

靴底のパターンが今風では無いところもステキ。
Photo : 総帥/Handsomedan Images

AirJordan VII

こっちは黒。カカトの紫がステキ。
Photo : 総帥/Handsomedan Images

エア・ジョーダン 7

靴底はこちらの方が好き。
Photo : 総帥/Handsomedan Images